夏化粧
池上 永一
188 ★★★☆☆
【夏化粧】 池上永一 著 文藝春秋
もう何年前の話になるが、こんな本を読むと思い出します。
私は、友人と別れて、地下鉄・丸の内線の東京駅から乗り込んだ。休日の夕方、各車両には数える位しか乗客がいない。長いシートにも隅だけか、あるいは中央に二人連れしか乗っていないのだ。私は、長いシートの中央に座った。こんな電車には滅多に乗れないと思ったのだ。
この日、地上は靄がかかる、小雨まじりの天気だった。地下の電車の中も妙に湿っぽさを感じていた。
次の駅から乗り込んできた一人の乗客が私の横に座ったのだ。長いシートの中央私が座っているだけであるのに。普通、乗客の座る位置は両隅から埋まっていくのだ。
わたしは、ちょっと不気味なものを感じた。中肉中背でスーツ姿のサラリーマンである。長年着古した感じのスーツの光ぐあいである。顔を覗き見て、驚いた。声を出しそうになるのをこらえた。2、3日前にお通夜に行った、その亡くなった知り合いにそっくりだったからである。メガネ、顔の輪郭、髪型の感じが似ているのだ。声を掛けたい衝動になったが我慢した。というか、驚きのあまり頭の中が混乱していて、何も考えられないのだ。
ところが、次の駅でその人物は降りていってしまった。私の頭は、右往左往しているだけで気持ちの整理がつかないでいるのだ。私には、この一区間の出来事がえらく長い時間に感じられてしょうがなかった。
今、あの出来事を思い出すとき、亡くなった知り合いは私に何かのメッセージを託しにきたのだろうか、と考えてしまうのだ。
前振りが長くなってしまったが、この本は光と闇(陽と陰)の世界の出来事の話である。