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    恋を数えて  佐藤 正午

    • 2003.12.30 Tuesday
    • 00:17
    恋を数えて
    恋を数えて
    佐藤 正午

    【恋を数えて】 佐藤正午 著

    《恋?》

    『 賭け事をする男とだけは一緒になるな。
    それが母の遺言でした。・・・・・・・・

    恋を数えて
    としまどす
    ・・・・・・・・・・・・・・・
    すでに母が亡くなってから七年が過ぎました。遺言にそむく心配はないようだけれど、新しい人との出会いがあれば、しょうこりもなく恋の悩みを抱えることになるかもしれません。
    この秋には三十歳をむかえます。 』

    これが小説の冒頭としめくくりの部分です。あとがきによれば、最初と最後の部分があって、あとは空白を埋めることだけでした、とあります。下記の言葉はあとがきです。
    カウンターで隣り合わせたきみとの会話
    「賭け事するでしょう」
    「え?」
    「競輪」
    「・・・・・・・どうして?」
    「ポケットから新聞がのぞいている」
    ・・・・・・・・・
    「賭け事をする男とはつきあうな」
    「・・・・・・・・・・?」
    「母の遺言なの」
    「母の?  死んだおかあさん?」
    「ええ。だからごめんなさい」
    ・・・・・・・・・
    「きみいくつ?」
    「28」・・・・・・・・・・・・・・・・
    「おかしいよ。母の遺言なんて、いまどき。流行らないよ」
    「そうかしら」
    「そうさ。ねえ・・・・・・・」
     (本文より)

    これも作家の演出かもしれませんが、こんなところから小説のヒントが生まれてくることはあるような気がします。
    物語はバーのホステスとなったひとの恋愛遍歴を綴ったものです。哀しく、哀しく、たくましい、そんな女性の物語です。

    感情教育  中山 可穂

    • 2003.12.20 Saturday
    • 00:14
    感情教育
    感情教育
    中山 可穂

    【感情教育】 中山可穂 著

    《レスビアンは密の味》

    読書は未知の世界を発見させてくれる。

    第1章で一人の女性の生立ちからの話、第2章はもう片方の一人の女性の生立ちからの話、第3章ではふたりの出会いからの話という構成になっている。
    女性が女性を愛し合うというレスビアンの話である。だが恋愛小説の要素が多い。女性が女性を思い悩む姿は並大抵ではないのだ。両方とも特殊な家庭環境で育ったひとだが普通のひとでもありうるようだ。この本はレスビアンの話、恋愛の話、それよりも女性の人生の話でもある。
    ホモ、ゲイとかよくわからないが、だれでもが潜在的にもっていることがあるようにこの小説を読むと、そんな気がしてくる。男女の関係より女性同士の関係は本当に素晴らしいものに思えてくるが、恋愛経験など皆無な私には到底わからないことだ。レスビアンのひとは相手がレスビアンということは一目見ればわかるらしい。子供のときから、そういう感情になっているそうだ。
    それとわりと楽しく読めたのは、ひとりの女性が建築関係の仕事だからである。建築士の試験のことがリアルに書かれているし、愛情を持って手塩にかければかけるほど、いい建築(建物)ができる、そのためには時間をおしまないなど、泣かせるのだ。
    ある男性と結婚するとき、男性が『好きな言葉三つ言ってくれ』と言われて『ル・コルビジェエ・安藤忠雄・オットー ワーグナー』と言って建築家の名前をあげているのだ。男性の方はありきたりのことを答えている。
    レスビアンは密の味ではなく、もっと深い愛情なのだ、とこの小説は教えてくれる。

    キッチン  吉本 ばなな

    • 2003.12.15 Monday
    • 00:09
    キッチン
    キッチン
    吉本 ばなな

    【キッチン】 よしもとばなな 著

    《小説の最初》

    このところ、本ばかり読んで過ごしている。

    こんなに読書人間になる生活も悪くない気がする。会社の昼休みは応接室でテーブルに足を投げ出し、お尻をソファに深くおろし、特等席で読んでいる。夜はベッドで体全体を伸ばし、首を高くし枕につけて、テレビをBGMにして読んでいる。
    インターネットで本の解説を読むとそれをメモして、本屋に行き買って読んでいる。解説はいいことばかり書いているが、読まずにいられないのだ。だが、現実は気にいったものを読むようになる。ひとりの作家が気になれば、一冊読んでおもしろければ、何冊もその作家を読み続けることが多い。
    そんな訳で、今週は吉本ばなな著【白河夜船】【キッチン】【TUGUMI】を読んだ。
    1988年に書かれているが、今読んでも、文章の言葉が生きているように感じる。若い女性の視点での描写が鮮やかな感じで生と死が書かれている。それと最初の出だしが上手い。
    【キッチン】は『私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。』
    【TUGUMI】は『確かにつぐみは、いやな女の子だった。』
    【うたかた】は『嵐とは1回キスしただけだ。』
    【サンクチュアリ】は『春先に、妙な出来事があった。』
    というように、1行で書いてある。これで内容が『ウム・・・ウム・・・』として、最初の文章が読む意識をかもし出してくれるのである。
    【うたかた・サンクチュアリ】を現在読んでいるのだ。

    緋(あか)い記憶  高橋 克彦

    • 2003.12.04 Thursday
    • 00:07
    緋(あか)い記憶
    緋(あか)い記憶
    高橋 克彦

    【緋い記憶】 高橋克彦 著

    《記憶の旅》

    幼いときの記憶ほど当てにならいものはない。

    40歳過ぎて幼いときの記憶の旅の短編集である。幼いときと言っても中学生(高校生)時代のもあるようだ。
    幼いときには知りえなかった大人の感情を、当時の住んでいた場所や住んでいる人に聞いて記憶を呼び戻すのある。
    何故、母親は昔住んでいたところへ、一度も帰らないのだろうか……………・。
    何故、きれいなおねえさんは失踪したのだろうか…………………・・。
    記憶の謎解きの旅でもある。

    小説のなかで主人公があるときから何回も食中毒をして、原因が解らず、その答えがミネラルウォーターではないかということで、母親の昔 住んでいたところにあるミネラルウォーターの源泉に赴き、以外なことを知るというものだが。
    母親がジンマシンにかかるとその息子も同じものでジンマシンにかかるというのである。母親の胎内で受けた影響は子供にもろに受けると書いてあり、『なるほどなあー』と感心してしまった。

    わたしが小学生6年生のとき、7、8人で田んぼで遊んでいた。冬で田んぼは何もなく、たわいないものではしゃいでいた。田んぼにいれる用水路があり、一部小高い山になっていてトンネルみたいになって長さが10mくらいある。冬なので用水路には水はなく、底が湿っているだけである。だれが言い出したのか、トンネルになっている用水路を探検しようということになった。まず高学年のわたし達が湿りきって、土の匂いしかしないトンネルを歩いて出た。そして残りの小学生を歩かせたのだ。が、なにを思ったのか、枯草を両側から焼いたのだ。煙が立ち込めて、小学生は口を押えて出てきた。ほんの一瞬の出来事だった。遠くにいた大将各の母親が大きな声で怒鳴っていた。一歩間違えれば、オオゴトになっていたのだ。
    わたしは学生時代には思い出さなかったが、成人になって故郷を離れて、いつもこのことを思い出して、『 ぞおっ 』としてくる感情になってしまうのだ。

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