不自由な心
白石 一文
【不自由なこころ】 白石 一文 著
《小説にみる男の人生 1》
男の人生について考えてみる。
『―――私は今年で52になります。人生なんて早いものです。情けない言いぐさですが、自分の人生というのは、どうもこんな筈じゃなっかたのではないか、これは後悔とも少し違うのだが、もっと別の自分が本当はあったような、そんな気がして仕方がありません。結婚には失敗しました。仕事や子育ては、そこそこでしょうか。そんなもんです。無理に思い出せばたくさんあるのですが、自然に湧き起こってくる人生の鮮やかな場面というものが、どうにも私には余りない。寂しいものです。……………………・・』
《おい、おい、そんなことを言うなよ》と言いたくなります。設定では取締役部長ですよ。
そうは言っても、男の勝ってな言いぐさかもしれませんが、みんな似たり寄ったりかも知れません。満足して人生を送ってきた人は一握りかも知れないなと思います。
この部分は私の人生の思いとそっくりなので、この部分を読んだときはびっくりしてしまいました。
《小説にみる男の人生 2》
『日本人はさ、本当は金儲けのためだけで商売してわけじゃなかったとぼくは思っている。安っぽくいえば、商売の向こうには幸福の実現がなければ、ぼくたちの仕事はただの労働でしかないからね。ただぼくはその意味では、自分の仕事に最近その確信が持てなくなっていた。会社を辞めたことも、その意味ではまんざら捨てたものではないと思っているよ。――――――――人間、ただ一生懸命働けばそれでいいってものでないだろう。』(本文より)
いけいけの部長だったひとが会社をやめて、次の会社に移って何をやっているか、主人公が前の上司を尋ねて行き会話している部分です。文房具を扱っている商社が舞台です。上司がいう、おれが子供のときは一本の鉛筆が,一個の消しゴムが宝だったよ、いまはちょっと使えばあたらし物だろう。世界には一本の鉛筆が、一個の消しゴムが、一つの定規がまだまだ宝だと思っている地域が一杯あるだろう。そんなところに安く送ってやっているんだよ。
主人公があのやりての部長がそんな思いで仕事をしていたのかと愕然としてしまうのです。
私なんかも漫然と仕事に係わっていて、仕事に意味を持っていいないなあと思うだけです。
《小説にみる男の人生 3》
『坂本さん、俺は日本も日本人も大嫌いなんです。ほんとうにこの国の人間はみんな蟻ん子のような奴らばかりです。誰にも自分ってものがない。誰も自分の頭で考えちゃいない。誰も他人のことになんか興味がない。そのくせ自分のことをよく知らないんだ。要するにみんなあんたみたいなんですよ。分別を持って、自ら律して、人に迷惑をかけず黙々と与えられた仕事をこなす。別に俺はそれを間違いだと言わないけど、だからって、そんな生き方を他の人間に押しつけていいってことにはならんでしょう。ところがね、日本人ってのは、そうやってちょっと自分と違った奴がいると、妙にムカついて、悔しいもんだから、それを寄ってたかって排除したり潰したりしようとするんだ。説教くさいことも百も二百も並び立ててね。いまあんたがそうしているように。あんたみたいにさ、小さな善ですべて処罰しようとする人間がさ、この国もこの国の人々もみんな駄目にしちまってるんだよ。大きな罪に目をつぶって、ちいさな悪をことさら追求して、結局大悪人をのさばらせてるんですよ。そんなこともあんたは分からないんだ。』
(本文より)
カメラマンの人物が主人公のサラリーマンに言っている部分です。部下の女性がカメラマンに虐待を受けているのを相談されて百万円を渡し、決着しょうとしている部分です。その後、その部下の女性と結婚するが、5年後女性はまたカメラマンのもとに帰ってしまうという哀れな結末の話しです。家を出て行く前に夢で大きい卵、ダチョウくらいの卵の夢をみたというんです。
おちというか5年間巣立つため5年間温めていただけなのか………………。
【夢の卵】それは、それはあまりにも哀しい人生の物語です。
《みんな、おまえに言われなくても分かっているよ、ただ、どうしょうもないこともあるんだよ…………・。ああ、やりきれないな………………・・。》
男の人生はなんだろうか、哀れすぎる。悲しすぎる………・・。
なにか、楽しいこともあるはずだ……・・きっと、きっと。