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    緋(あか)い記憶  高橋 克彦

    • 2003.12.04 Thursday
    • 00:07
    緋(あか)い記憶
    緋(あか)い記憶
    高橋 克彦

    【緋い記憶】 高橋克彦 著

    《記憶の旅》

    幼いときの記憶ほど当てにならいものはない。

    40歳過ぎて幼いときの記憶の旅の短編集である。幼いときと言っても中学生(高校生)時代のもあるようだ。
    幼いときには知りえなかった大人の感情を、当時の住んでいた場所や住んでいる人に聞いて記憶を呼び戻すのある。
    何故、母親は昔住んでいたところへ、一度も帰らないのだろうか……………・。
    何故、きれいなおねえさんは失踪したのだろうか…………………・・。
    記憶の謎解きの旅でもある。

    小説のなかで主人公があるときから何回も食中毒をして、原因が解らず、その答えがミネラルウォーターではないかということで、母親の昔 住んでいたところにあるミネラルウォーターの源泉に赴き、以外なことを知るというものだが。
    母親がジンマシンにかかるとその息子も同じものでジンマシンにかかるというのである。母親の胎内で受けた影響は子供にもろに受けると書いてあり、『なるほどなあー』と感心してしまった。

    わたしが小学生6年生のとき、7、8人で田んぼで遊んでいた。冬で田んぼは何もなく、たわいないものではしゃいでいた。田んぼにいれる用水路があり、一部小高い山になっていてトンネルみたいになって長さが10mくらいある。冬なので用水路には水はなく、底が湿っているだけである。だれが言い出したのか、トンネルになっている用水路を探検しようということになった。まず高学年のわたし達が湿りきって、土の匂いしかしないトンネルを歩いて出た。そして残りの小学生を歩かせたのだ。が、なにを思ったのか、枯草を両側から焼いたのだ。煙が立ち込めて、小学生は口を押えて出てきた。ほんの一瞬の出来事だった。遠くにいた大将各の母親が大きな声で怒鳴っていた。一歩間違えれば、オオゴトになっていたのだ。
    わたしは学生時代には思い出さなかったが、成人になって故郷を離れて、いつもこのことを思い出して、『 ぞおっ 』としてくる感情になってしまうのだ。

    私の骨  高橋 克彦

    • 2003.05.25 Sunday
    • 22:55
    私の骨
    私の骨
    高橋 克彦

    【私の骨】 高橋克彦 著

    私は骨については、これまでまったく考えたことがなかった。
    物語はこうである。
    主人公は都会にすんでいる。年老いた両親が亡くなり、田舎の家を処分することにする。
    解体処分した家屋の床下から、壷に入った骨が発見されたことが警察から連絡が来る。
    幼児の骨なのである。その壷には、主人公の生年月日が書いてあるのである。どういうことだろうか、本当の両親の子供は生まれて直ぐに亡くなり、主人公は本当の両親の子供ではなく、どこからか連れられて来たのだろうか。
    地方の人柱の神話や、従兄妹との愛情など織り込みながらの物語である。


    【私の骨】を読んだあとに、手首を痛めてしまった。
    こんな偶然の骨つながりもあるのだろうか。事務所で使っているイスに乗って、ロッカー上の荷物を取っていた。なにを勘違いしたのか、その荷物が重いものと思ってしまったのだ。荷物が軽すぎたのだ。『あれーーあれーー』と感じながら、スローモーションみたいに体が転落したのである。そのとき、お尻と右手で体を支えたのである。
    右手で支えたので、体重の3分の1ぐらいが、右手の手首にかかってしまったのである。
    だが、それほど痛い感覚はなかったのだが、手首をちょっと違う方向に伸ばすと感覚がしびれるのである。
    それからの処方が良くなっかたので長引いた。なにが良くなかったといえば、手首を無理に捏ね回していたのだ。固定していなくてはならないのを。
    これまで骨に関して何もなかったので、無知であった。

    結局、整形外科に行ってレントゲンを撮るのである。
    結果は手首の骨を損傷してしまった。ただ、処置といえば、固定して包帯を巻いてくれただけである。何も薬を飲むわけでない。
    整形外科のドクターも看護婦さんも、大事にならず、よかった、よかったといった風情である。こんな事例は一杯あるので、なんでもないのであろう。

    だが、事務所に帰ると右手の包帯が目立ち、どうしたの?と聞かれ、『えーちょっと』となんとも言えない。
    イスから落ちたと言えない、情けない自分がいる。
    体重が、今は少しだけでも落ちていたことは幸いしていただろう。

    私のブザマの転落と、骨に関しての一席である。

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