ぼくのボールが君に届けば
伊集院 静
【ぼくのボールが君に届けば】 伊集院静 著 講談社
《野球にも普通に哀しみがあるのです。》
9つの短編集である。
9つとも読めば読むほど眼に涙が滲んできます。
「主人は最後まで私にやわらかなボールを投げてくれて
いたんです」
「やわらかなボール?何のことですか」
「キャッチボールですよ。野球はあまり詳しくありませんか?」
「あまりね。けどキャッチボールくらいはわかるよ」
「そのキャッチボールですが、あれは最初、やわらかなボール
を投げ合うんです。相手が受けとり易い」
「そうなんですか?」
「はい。それがキャッチボールの基本です。やわらかなボール
を相手も同じように投げ返して、そうして少しずつ離れていって
速く強いボールを投げるように練習するんです。一方的に
強いボールを投げて相手が受け止められないのは、キャッチ
ボールじゃんないんです」 《本文より》
ぼくが野球少年だった頃です。
キャッチボールについては先生に厳しく言われました。
相手の捕り易い胸に向かって投げるようにと。
相手の捕り易いように心をこめてと。
相手が捕り易く次の動作がしやすいようにと。
遠い昔、野球少年だった頃は無我夢中だっただけでした。